先日、私の処女作「RHYTHM AND FINGER DRUMMING」が紙版、データ版合わせて120冊の販売を達成しました。購入していただいた皆さん、宣伝してくれる皆さん、本当にありがとうございます。皆様のサポートのおかげです。
さて、調子に乗りまして、第二作目を執筆中です。今回は、私の本来の専門であるいわゆる音楽理論、つまりコードとかスケールについて、基礎から書いた本です。内容自体は古典的な内容ですが、今後応用的な内容の本を出すにあたって、基礎的な内容をおさえておく必要があると考えました。ご期待ください。
今回は、その第二作から、一部コラムを抜粋してご紹介します。テーマ自体は何度も扱っている、音楽理論とは何なのか、何の役に立つのか、ということです。料理を例えに説明しています。音楽理論が苦手な人も、嫌いな人も、読んでいただけるといいなと思います。
Column 1
私たちは、メジャースケールか、もしくは全音を使って説明を始めます。何故なら、メジャースケールと全音とが、音楽の一番基礎的な素材だからです。基礎的な素材だということはつまり、音楽の中に一番表れる素材だ、ということです。様々な音響的素材の組み合わせによって音楽は構成されていますが、メジャースケールと全音とが最も表出し、そして汎用性のある素材であるからこそ、音楽理論という体系のスタート地点で説明されるのです。ですからまず、この二つの音響的素材について熟知する必要が、皆さんにあります。この点は何度強調しても足りません。
さてメジャースケールの重要性についてもう少し話をします。私たちが20歳までに聴く音楽のうち約9割が、メジャースケールか、もしくはメジャースケールに関連するマイナースケールの体系的知識によって説明されうるでしょう。これはつまり、作者の意図がどうであるかは別として、メジャースケールが音楽において如何に支配的であるか、ということを物語っています。作曲者の考えとは関係なく、自然発生的にメジャースケールが立ち上がってくるのです。そして、メジャースケールがある種の重力のように音楽全体に影響を与えている事実から、「帰納的」に我々はメジャースケールを「重要な法則」だと認めることになったのです。
ここで私が「帰納的」と申し上げたのは、あくまでメジャースケールは音楽以前に存在していたのではない、という点を強調したいがためです。帰納とはつまり、個別の事象の集合から規則性を取り出す行為です。メジャースケールは音楽から取り出されたのです。決してメジャースケールが音楽を規定しているわけではないのです。その点を忘れてはいけません。
しかし、この点を理解していない人が多くいるように思われます。つまり、音楽理論に自分の音楽を決定させたくない、と声高に叫ぶ人達のことです。当然ですが、音楽理論があなたにメジャースケールの内側に留まることを迫るようなことはありません。いつでも音楽的決定の主体はあなたであり、音楽理論もそのことをよくわきまえています。そうであるにもかかわらず、音楽理論に支配されることを望み、自身の音楽を攻撃されることを望む人達は、マッチポンプ的です。恐らくは特殊な性癖、つまりドMと呼ばれる人種なのでしょう。
さて、繰り返しになりますが我々が取り上げる用語や定義
― スケールやコードやドミナントモーション
― は音楽一般から抽出した素材である、ということをもう一度確認してください。これは規則ではありません。しかし、西洋料理一般からバターやオリーブオイルなどの素材に着目することができるように、音楽からスケールやコードといった素材に注目することができるということです。そして、自分のための料理にバターやオリーブオイルを入れることが出来るように、自分の音楽にスケールやコードを入れることが出来ます。結局のところ、どんな素材を入れたいかは、あなたがどんな味にしたいかによります。
しかし料理にレシピがあるように、音楽のレシピも便利です。レシピから料理を作ることはよくあります。全てを自分で決める必要はありません。音楽も同様にレシピが助けとなることがあります。ところで、皆さんはトムヤムクンを食べたことがありますか。非常に複雑な味がします。何が入っているのかよくわかりません。しかしトムヤムクンのレシピがあれば、全くの素人でも比較的良い味になります。少なくとも最後まで作ることができるでしょう。レシピがなければトムヤムクンを作り始めることすらできません。レシピから初め、真のトムヤムクンを目指していけばよいわけです。音楽にも同じことがいえます。一見して何が起きているかわからない美しい音楽について、含まれる素材やその量、そして入れるタイミングを前もってレシピで知ることが出来れば、あなたの美しい音楽の手がかりとすることができるでしょう。音楽理論が担っているのは、主にこういうことだといえます。主要な素材に着目し、その組み合わせを提示する、というのが音楽理論の価値です。
さて、この料理のたとえを使って、先ほど言及した声高な人々について考えてみましょう。彼らは、ある料理のレシピを拡張して考えすぎます。つまり、「トムヤムクンにはエビのペーストを入れると良い」といっているにすぎないのに、「全ての料理にエビのペーストを入れると美味しくなる」と拡張します。そしてついには「ゼリーにエビのペーストを入れたら不味かった!このレシピは間違っている!」と怒りだします。おそらく彼らには教育がたりません。
ここまでの料理を用いた説明でご理解いただけたかと思うのですが、我々が学ぼうとしているのはある種の様式なのです。様式とは素材と素材の適正な組み合わせです。そして様式は時代によって変化します。また、様式の変化は過去の様式との対比の中で生じます。つまりイケている様式は、その少し前の様式の克服によって生じるのです。様式は時代により変化するものであり、常に通用するものではありませんが、しかし全ての様式は歴史的なつながりをもっています。我々が音楽理論で学ぼうとしているのは、この時代ごとの様式であり、様式の歴史的なつながりなのです。この点を忘れずに以降の項目を学んでほしいと思います。